退所した推しの舞台に行ってきた

※名前は意図的にニックネームを使っています※

「手紙 〜大切な人に送るメッセージ〜」|浅草六区 ゆめまち劇場

 

 私のツイッターアカウントには「幸せになれよ」という名前のリストがある。基本的にこちらからの干渉は避けたいのでフォローはしない辞めジュのリストだ。少しの間そのリストを見ていなかったから、妹に「あかなん舞台決まったよ」、と言われたとき、とてもびっくりした。

 日程を確認する。8/15、8/16、8/17。お盆の時期。15日の夜に新幹線で京都の祖母の家へ行く予定だった。何も考えず、16日の朝に新幹線に乗るよう、予定を変更した。チケットを流れるような手つきでとった。行くか悩んでいる、とか口では言いながら、セブンでするりと発券を完了して、財布のなかに「辞めジュの舞台」のチケットが入った。自由席とはいえ、整理番号13番、を見てすこしびっくりした。19時に浅草。仕事終わりでは到底間に合わないから午後休をとった。ここまでの時点で彼のためにかなりのスケジュール譲歩をしていることに気が付いて、「ああ私この子のことまだこんなに好きだったんだな」と漠然と思った。

 公演の何日か前、ツーショットを撮れるとか、サイン対応できるとか、お話できるとかいう突然びっくりの告知を聞いて、ジャニーズの畑にしか詳しくないので挙動不審のコミュ障になるし記憶の担保ができないと確信した私は、かれこれ友人歴7年目ぐらいになる声優兼女子ドルオタのお友達を召喚した。

 浅草という普段あまり行かない街に降り立って、キングオブ観光地といわんばかりの外国人の群れを見て、大きな「免税店」の表記や、らしさを押し出した和菓子屋さんや、ドンキやマクドナルドやTSUTAYAを見て、私は彼を追いかけていたたった1年と4カ月ぐらいのなんばの街を思い出していた。

 入場する。「今日は誰の応援できましたか」と言われたので、迷わず「あかなんです」と答えた。ああいうのが今後につながる、らしい(友達が言ってた)。

 

 舞台「手紙~大切な人に送るメッセージ~」、まだ公演中なのでネタバレは控えるけど、すごくいい舞台だった。ストーリーが、東京で頑張る主人公と、田舎で待つ祖母、という王道で泣く話だったため、涙腺が脆すぎる私は案の定泣いてしまった。慌ててハンカチを出して、目元を抑えながら、「このあとツーショあるし泣いたら化粧崩れる...」と変なところで冷静で、何かの強盗かのようにハンカチを目の下から涙がこぼれないようにずっと添えていた。

 舞台にあかなんが出てきた瞬間、暗転していたけどそれが彼だと分かった。1年と8カ月ぶりぐらいに見た彼は、また舞台上の彼で、でもそこはお客さんで満杯の大阪の劇場ではなく、空席もあって当日券もとれるような、小さな東京の劇場だった。座っていて、少しせりふがあって、最初にメモに「足が長い」って書いた。*1 椅子に対して足が余って膝が水平より上になる男の子ってバランスがきれいなのだ。

 少し、いやだいぶマニアックな方向に話が反れた。

 肝心なあかなんの出番は、本人が言っていたとおり「そこまで多くはない」のかもしれなかったけれど、見せ場であろう印象に残るシーンが個人的にとてもとてもよくて。内容的にも2年前の夏の漂流ものを思い出しながら、同時に3年前の、まだへにゃへにゃの演技をしていた彼を思い出した。

 声を聴いて、改めてそこにあかなんがいるんだなあと感じた。とにかく顔が好きなので、写真はTwitterで何度も見ていたのだけれど、声はあまり聞いていなかったから。別に当時取り立てて好きな声、というわけではなかったけれど、声を聞いたときにもしかして私この人の声も好きだったのかも、とふと思ったりした。

 

 

 舞台が終わって、速やかにアンケートを書いて化粧を直してMINTIAを口にいれるお友達を見て「接近慣れすぎ...」と驚愕して、演者さんによるお見送りの横で「面会」の列に並んだ。「面会」って言葉が面白すぎて友人に3回ぐらい「面会???」って聞いたのだけれど、舞台系だとよく使う言葉らしい。面会といわれると入院患者か拘留者のイメージしかなかったので、「あかなんさんとの面会はこちらの列です」の、その言葉がなんだかおかしかった。

 列で友人と話しながら待つ。すれ違う「面会」が終わった子たちはみんなかわいかった。みんな嬉しそうだった。自分の番が近づく。何を話そうってここ数日考えていて、朝のシャワーでも、化粧してるときも、移動中も考えていたにも関わらず、ここにきても決まっていない自分にちょっとあきれて笑ってしまった。特に言いたいことがない。

 私のひとつ前のオタクの手がずっと震えていて、それが背中越しに見ても伝わってきて、なんだかもう「がんばれ」と励ましたい気持ちになった。たぶんここにはいろいろな思いを背負いこんだ人がたくさんいるのだ。そう考えたら私はなんて冷静なんだろう。 

 自分の番がくる。初めまして、でも、久しぶり、でもなかったから、お疲れ様ですって言った。向こうもお疲れ様です、って返してくれた。

 ツーショのとき、手が震えて、口角がうまくあがらなくて、こんなに緊張してたんだ、ってびっくりしてしまった。隣にいて、完璧な笑顔を作っている人は「ジャニーズ事務所」というきっかけというか、パイプというか、がなければ出会わなかった、18歳、6つ下のまだまだ駆け出しの俳優さんなのだ。

 終わったあと、名乗ってもいないし、こんなに感動したのに舞台の感想もいってないし、千穐楽まで頑張ってねも言えなかったな、自分の話ばかりしてしまった、と反省した。なんのために今までファンレター書いてきたんだろう。

 人ってわがままだからなあ。名前も呼んでもらえばよかったし握手もしてもらえばよかった。こんなときに接近できない事務所オタクの性が出てしまった。前のオタクが握手してたのに、ツーショで精いっぱいすぎて指一本触れていない。冷静に考えて笑えてくる。

 プレゼントも買わなくちゃ、お手紙も、と思っていたのに、お手紙は結局お友達を待っている間に走り書きしたし、直接渡すのが申し訳なくなるようなものだった。というか本当に、オタクには耐性がないので箱に入れさせてほしい。目の前で渡せるクオリティじゃなかった...(次回の反省点)

 

 

 舞台には変わらないあかなんがいて。真剣に眉をひそめて演技をして、かと思えばカーテンコールでは仲間を見てわらったり、仲良くなったのであろう役者さんとちょっとふざけていたりして。 変わっていないなあ、と思った。ファンに一人ずつ、びっくりするぐらい丁寧に対応していた。待っている私たちにも、「お待たせしててすみません」と目を見て謝ってくれたし。15年のクリパで花横のオタクと対話をしていたのを思い出した。そうだった、この人のファンサって、びっくりするほど丁寧で、優しいんだった。

 そんなことまで全部全部忘れていたのだ。2017年1月30日に、どうしたらいいかわからなくて、ぐちゃぐちゃの感情を、初めての「私に関わる退所」を身をもって体感した日に全ての記憶に蓋をしたのだ。久しぶりに彼をみたら、その蓋はいとも簡単に開いて、なんだか安心して暖かい気持ちになった。

 

 

 朝、起きて。「あ、夜あかなんの夢見てた」って思いだして。そのあと、「昨日会ったんだ。あの人はもう、『会える人』になったんだ。」と思ったら急速に安心した私がいた。今朝の夢は、起きたあとも彩度のなくならない、寂しくならない夢だった。だってこれからも会えるから。

 たぶんこれからもゆるっといくんだろうなあ。オタク経験値、また一つ積みました。ありがとうございました。

 

 

note.mu

*1:私が横尾担になったきっかけが横尾さんの足の長さなので、足が長いは本当に私の語彙のない世界で上位に来る誉め言葉である