あなたはサインボールを取れるか?
スタトロで自担があなたの方向にサインボールを投げてくれた。ただ、目の前にいた盛り髪が、あろうことにか腕を伸ばしきってうちわを高く掲げたではないか。怒りマックス、うちわは胸の高さまでだ。巨大な4連うちわにハイヒールも加わり、視界を完璧に遮られるほどの壁が出来てしまった。
…さあ、あなたは大好きな自担からサインボールをもらえるだろうか?
この問題を見て「難しいよ!」と叫んだり、回れ右しかけた方はおそらく物理があまり好きではないだろう。確かに、この質問は難しい。ただ、二次元運動の概念を理解すれば解ける。
私は物理がものすごく苦手だった。授業が分からず、辛い思いをした…はずが、現在は大学で物理を専攻している。この記事は、『ジャニオタに馴染みのある設定を用いることで、物理をせめてもう少し身近に感じてもらいたい…!』という気持ちで書いている。
今回は問題を解くことに重点を置く。そのため、なぜこの式になるかなどの説明はできる限り省いている。解ければオッケー!という、軽いノリで読み進めてもらえると嬉しい。さあ、うちわと心の壁を乗り越えて、サインボールを掴んでみよう。
戦う準備
とりかかるより前に、ものすごくあっさり「一次元の運動」をおさらいしてみる。
式を見ると頭痛がするタイプの方は一旦「アリーナの場合…」まで読み飛ばしていただいて構わない。
おさらい:一次元の運動
- x軸(水平、↔︎)とy軸(垂直、↕︎)の動きは互いに影響しない。
- 一旦手元を離れた物体はx軸上を同じスピードで進み続ける。
- 一旦手元を離れた物体はy軸上で重力だけに影響される。
運動の式
運動はこの3つの式があればどんな問題でも出来る。
「あれ?私が習った式と微妙に見た目が違う…?」というあなた。
使う座標によってΔxのところがΔyになったり、Δのところがそもそも(x2-x1)になったり…と差分はたくさんあるが、基本的に言いたいことは同じである。
少し注目してみてみると、①の式にはΔxが、③の式にはtが含まれていないことに気づくだろう。 それぞれの式の特徴を記すと、
①の式は位置情報(Δx)を持っておらず時間と共に変化する速度vを求めたいときに使える。
③の式は時間(t)を持っていないときに使う。特に、投射物(開始点と着地点が水平)のときに使える。
②の式は基本どんなときでも使える。
今からの問題を解くときもほぼ②しか使わない。
アリーナの場合:水平投射
それでは問題を解いていこう。いきなりの4連うちわとの戦いは大変なので、まずはアリーナ席から。
1.5m上空にいるアイドルが速度3.8m/sでボールを並行に投げる。アイドルと自分のx軸上の距離が2mであった場合、あなたはサインボールをとれるか。なお、前後0.15mは座席の範囲内であるため、その範囲内に着地したサインボールは自分のものであるとする。
解くうえで先ほど紹介した基本となる式を使っていく。
それではやってみよう。
ステップ1. 自分と彼とのタテ軸の距離を求める
このタテ軸の距離はすでに質問に記されている。1.5mだ。
ステップ2. ボールが「私の高さ」に到達するまでの時間を求める
上記の式の②を使い、tを求める。
tは約0.55秒。時間は0以下にはなれないため、0以下になったtは省いている。
ステップ3. その間に、ボールがどれだけヨコ軸を移動したかを求める
「その間に」と説明にあるように、今求めたtを代入しΔxを求める。
Δxが答え。つまり、ボールは自担から2.10mの地点に着地する。
自担と2m離れていて、10cm後ろも自分の座席の範囲内であるため、あなたがサインボールを無事取れたことになる。
スタンドの場合:斜方投射
自分より2.7m下方のアイドルが速度10m/s、水平から上方60°の角度でボールを投げる。アイドルと自分のx軸上の距離が2.8mであった場合、あなたはサインボールをとれるか。なお、前後0.15mは座席の範囲内であるため、その範囲内に着地したサインボールは自分のものであるとする。
…角度が新しく加わっただけで、解き方も使う式も全く同じである。
では先ほどの3ステップと共にもう一度解いていこう。
ステップ1. 自分と彼とのタテ軸の距離を求める
先ほどと同じく、タテ軸の距離は質問に記されている。今回は2.7mだ。
ステップ2. ボールが「私の高さ」に到達するまでの時間を求める
時間を求めるうえで、先ほどのようにv0yが必要となる。今回はv0とθのみ与えられているため、この二つからx軸方向とy軸方向の速度(v0xとv0y)を計算する必要がある。
こちらの画像を見てもらえると分かりやすい。
斜めの速度がv0、水平との角度がθであるとき、v0x = v0cos(θ)、v0y = v0sin(θ) となる。
続けてtを解いていく。
このような質問の場合、0以上のtが二つ*1存在する。
なぜだろうか?斜方投射の場合、ボールが目的のy軸を2回通る機会があるからである。
t1でボールを受け取れはしないので、t2を代入。
ステップ3. その間に、ボールがどれだけヨコ軸を移動したかを求める
ボールははるかはるか後ろへと飛んでいてしまい、サインボールは取れない。
サインボールはあなたの目線の高さをすごいスピードで通過し、遥かスタンド後列の誰かに受け取られることとなるだろう。
具体的に何を変えれば、このサインボールはとれただろうか?*2今回の質問はコンサートを想定しているので、「席を移動する」「他座席まで手を伸ばす」は回答として不正解。この場合、投射角度(θ)か最初の速度(v0)が変わればよい。やっぱりサインボールが取れるかどうかはアイドル次第だった。
アンコール:盛り髪マナー違反と戦え
それではいよいよ、件の盛り髪と戦ってみよう。
自分より2.7m下方のアイドルが速度8.2m/s、水平から上方70°の角度でボールを投げる。ただし、2.5mの地点に1.85mの巨大なうちわの壁が存在する。アイドルと自分のx軸上の距離が2.8mであった場合、あなたはサインボールをとれるか。
なお、前後0.15mは座席の範囲内であるため、その範囲内に着地したサインボールは自分のものであるとする。
落ち着いて考えてみよう。
うちわの壁がなくならないとして、あなたがサインボールを取るためには、ボールが壁を超えてくれるしかない。ということはまず、「距離x2(2.5m)の時点でのボールの高さが知りたい」わけだ。*3そのボールの高さがうちわの壁よりも高ければ、先ほどと全く同じ方法であなたがサインボールをとれるか、を知ることができる。
では解いていこう。
先ほどのステップと似てはいるが、今回は先に求める座標をyではなくxにしている。
ステップ1-1. うちわの壁までのヨコ軸の距離を求める
質問に記されているとおり、2.5m。
ステップ1-2. ボールが盛り髪の真上に到達するまでの時間を求める
ステップ1-3. その間に、ボールがどれだけタテ軸を移動したかを求める
盛り髪の真上に到達する際のボールの高さは発射地点から1.89m。うちわの壁は1.85mなので、無事うちわの壁を超えられる。
さて、問題はあなたがサインボールを取れるか。同じ流れの計算をもう一度する。
ステップ2-1. 自分と彼とのタテ軸の距離を求める
先ほどと同じく、タテ軸の距離は質問に記されている。2.7m。
ステップ2-2. ボールが「私の高さ」に到達するまでの時間を求める
ステップ2-3. その間に、ボールがどれだけヨコ軸を移動したかを求める
Δxが答え。つまり、ボールは自担から2.93mの地点に着地する。
あなたは自担と2.8m離れていて、13cm後ろも自分の座席の範囲内である。
盛り髪との戦いを無事制し、あなたはサインボールをとれた。
最後に
いかがだっただろうか。少しでも「物理って現実でも使うときあるんだなあ…」と思っていただけたならものすごく嬉しい。
想定外に質問を作るのが難しく、本当にしょうもない感想だが先生ってすごいなあ…としみじみ思った。説明はしがない大学生が趣味で書いているだけなので、計算ミス、説明の間違いなどあったら遠慮無く教えてください。
もっと根本からしっかり勉強してみたいなという方は、以下のサイトをぜひ。