いたれりつくせり。

君がナンバーワン!※ただしここの「君」は三人とする♡

オーキャットー私とCATS。

 「今度、濵田くんの舞台があるんだ。何回見に行けばいいと思う?」母にそう聞いたとき、母は「一回でいいでしょ」と言った。

 「だって歌とか歌わへんのやろ?」

 ミュージカルと舞台は全く違う。母にとって、舞台は何度見ても変わらないが、歌は毎度毎度違いがあるのだという。

 「いやこれが、歌喜劇なんですよ。なんか歌ったりする喜劇らしいよ。」

「まあ私が何を言ってもいけるだけ行くんでしょ、好きにしなさい。」

 舞台にお金を使うこと、演劇というジャンルに4桁や5桁のお金を使うことに対して母は何も言わない。

 

 10歳に初めてミュージカル「CATS」を見て以来、みなとみらいに会場が移るまで4年ほど定期的に通っていた。定期的に、というのはそれこそ月1、いやそれ以上のときもあった。母が「今日のチケットとれたよ、行く?」といえば大喜びをし、普段なら21時には閉じる瞼をかっぴらいて舞台を見たものだ。次の日に学校がある平日の夜、21時半頃に終演して駐車場に向かうのはなかなかの夢ごこちで、その空間が好きだった。

 A席、B席、C席、S席、S回転席。全てに入った。初めて入ったS回転席では回転にとにかく興奮し、猫たちの近さに驚き、彼らの飛び跳ねる振動に心を踊らせた。開演前には「本日のキャスト」が書かれた紙をもらい、お気に入りのキャストがいれば喜び、終演後には今日の演技はああだった、こうだったと言い合った。劇中「スキンブルシャンクス」の中で、マンカストラップの指くいくいがあったか、シラパブとタガーの絡みはどうだったか。今日のグリドルボーンはどれほどの悪女であったか。母はいつも、グリザベラが最後の音を一オクターブ上にあげるか、同じ音で行くか、グロールタイガーが高音のいつのタイミングで裏声に行くか、をよく論じていたように思う。

 S席やS回転席の、1万円以上するチケットは、10歳や11歳の小娘に与えるには決して安くない。濵田くんの舞台の、S席の値段が8800円だと聞き、安い、と思った。

 

 母は昔からミュージカルが好きだった。いつからかは知らない。たしか昔、大阪でCATSを見たことがあったのだろうか。服部良子さんのジェニエニドッツが大好きで、東京にCATSが上陸すると聞いた折にチケットを取ろうと苦心し、チケットがとれてから当日までに、先にCDがあるよと言ってくれた。

 最初の私は今思い出しても恥ずかしい。ミュージカルを「ダサい」と一蹴したのだ。こんなものに、ただ人が歌を歌って踊るものに、1万円も払うなんて頭がおかしい。若かりし頃の劇的な軽薄さでそういった。歌詞カードをじっと見つめてみても、訳詞はなんだか大仰で、独特のセリフ回しもあり、なんだか変なものだという認識しかなかった。それらの歌詞を、さも楽しそうに口ずさむ母はなんだか違う人のようだった。

 母は何も言わなかった。一旦聞いてみろ、意見が変わるぞ、なんて説教を垂れることもなく、CDを車の中でかけてくれた。読んだ印象と、音を聞いた印象で一番違ったのが「グロールタイガー 海賊猫の最期」だった。

人が舞台で死ぬ劇中劇。裏切りと愛憎。

「ここで、この猫が四方八方からナイフで刺されて動かされるの」

 想像した。ぞっとした。

娼婦、永遠(とわ)、内需拡大、花形、男伊達、大見得、独白…

 4年生の私には少し難しかった言葉も、母がすべて教えてくれた。徐々に歌を覚え、歌を歌う回数が増えた。気がつけばCATSを見にいくのをものすごく楽しみにしていた。

 10歳の私は初めて、「よく知りもしないものを、体験したり知ろうとすることもなく、頭ごなしに否定する」ということの残酷さを思い知った。この後も、折にふれて何度もしてしまったが、今度こそしないようにする。 

 はまってから、母は一度もこのことを蒸し返していない。つい先日、大阪公演に一緒に行こう!といったときも、「最初は馬鹿にしていたくせに」なんて一度も言わなかった。

 

 CDを何度も聞いて、ウェブサイトなどで確認して好きな猫たちもできた。特にお気に入りは、ジェリーロラム。ガスー劇場猫ーのときのソロと、グロールタイガー 海賊猫のグリドルボーンが最高にかわいい!と思った。オス猫ではスキンブルシャンクスがいちおし。キャスト画像を見て芥川スキンブルには完璧に恋に落ちた。

 でも「グリザベラ 娼婦猫」を歌うジェミマの声がとにかく好きで、ランペルティーザ×マンゴジェリーのコンビも最高だと思っている。

 

 初めて観劇に行った興奮を忘れることはないだろう。

「最後に何度もキャストさんたちがでてくる、そのキャストさんたちがみたくてお客さんは何度も拍手をする。手が痛かったらしなくてもいいよ。」

「キャストさんが回ってきて、握手が出来るよ。」

 母は大事なことを教えてくれた。

 猫たちはにこやかに、軽やかに歌いながら握手をしてくれた。暖かい手と汗を感じて、初めて「ああこの人たちは人間なのか」と感じた。ずっとずっと、大人たちのように拍手を続けた。手が痛くなることさえも、彼らのパフォーマンスに対する正当な評価なのではないか、と思った。

 気づけば生演奏は音源になっていた。本日の大課題が内需拡大から政治改革になり、ミストフェリーズの歌詞が一部代わり、マキャヴィティの音程があった部分がセリフになった。*1

  歌詞をすべて知っている状態で行ったため、「CDで聞いて、写真で見ていたものが目の前で展開されている」ということがとにかく衝撃だった。一幕と二幕の間には会場内を歩きまわり、自分が猫になったつもりになる巨大なセットを注視した。

 

 そのあと、ただでさえはまっていたCATSにのめり込んだ。ピークはとくに10歳〜11歳の頃であった。暇さえあれば彼らの絵を書き、マンガを描き、歌を歌った。10歳の趣味、「学校へ行こうを見る」「IQサプリを見る」「本を読む」などに「CATS」が追加された。今考えるとなんと贅沢な趣味であろうか。

 それぞれの猫に個性がある。ジェニエニドッツは母の「自担」であったため特に深く掘り下げることをしなかったが、とにかくすべての猫が魅力に溢れているのだ。ソロが少ない子たちもパンフレットを必死で読み、全員を覚えた。パンフレットは本当に、隅から隅まで読んだ。確かパンフだかラ・アルプだったかにあったのだと思うが、いつのタイミングで彼らが「猫」になるか、という質問はとても興味深かった。番組でCATS特集が組まれたときは必ず見た。

 キャスト紹介のなかに、「18歳でバレエを始めて、今ここにいる」というキャストがいた。10歳の私は、バレエを習ってみようと考えた。ただ、その時体操のクラブに入っていて、隣にいるバレエや新体操のクラブはあまりにも過激に見えた。

弱冠10歳にして、私は諦めた。

友達に、ずっとバレエを習っている子がいた。

 その友達が、あまりにもCATSに夢中な私に向かって言った。「私はこれからもずっとバレエを続けて、将来はバレリーナになるか、安藤美姫みたいなスケート選手になるかね、ミュージカルとかの人にもなれるんだよ。」私は「ヴィクトリアなんていいんじゃない?」と言った。ヴィクトリアは綺麗にバレエを踊る。「あなたがヴィクトリアになったら、是非私をその公演に招待してね。」「分かった、呼ぶ。」これで、何年か後のチケットを確保したつもりだった。*2

 

  何度も観劇して、スキンブルシャンクスと握手ができた日にはもう死んでもいいと思った。(座席を計算して握手できるルートに座る、などということは特にしなかった)

 ブロードウェイ版のDVDも見たし、原作であるT.S.エリオットのポエムも読んだ。英語が理解できてよかったと思った。ここの歌詞はこうなっているのか、などの考察と解釈だけで、夜が更けていくほどだった。

 野良猫たちを見れば、オー、キャット、と話しかけた。私の家の周りには野良猫がたくさんいた。ミスト、マンカスと名前をつけ、いつか彼らが私に「唯一のその名」を教えてくれる日を待った。

 観劇を繰り返すうちに、ただ猫たちと歌とダンスを楽しむだけでなくなってきた。「本当の幸せの姿」とはなんなのか。天上に登ったあの猫は幸せなのだろうか?どうしてオールドデュトロノミーはあの猫を選んだのか。選んだのはそもそも彼なのか?私に似ている猫がいるだろうか、あの猫は私の友達のあの子に似ているだろうか。色々考えるようになってしまったわけだ。しぶとい子、激しい子、大げさな子、夢みる子…さしづめ私はおしゃべりな子だろうか。

 最後に見たのは、みなとみらいに一度行ったか、五反田の最後だったろうか。いつものように見ていた。14歳にして観劇歴4年ほどになっていた私は、気がついたらオールドデュトロノミーも、二幕の始めも、眠くなくなっていた。衝撃だったのは、退屈だと感じていたメモリーでこの日泣きかけたことだ。なぜだか知らないけれど、とても心に響いた。

 

 あれから7年ほど経ち、わたしは21歳になった。あのキャストのインタビューを読んで以来、未来を目指す「最後の足切り」としてなんとなく覚悟していた18歳は瞬く間に過ぎ去った。でも結局、本当にやりたくなれば不可能はないのだ。そんなこと、みんな分かっていると思うが。今でもCATSの歌は私のiTunesに入っているし、しょっちゅう聞く。

 あのあと15歳にアニメにはまって、20歳になってジャニーズにはまって、随時意識はしていた演劇・舞台のコンテンツに久しぶりに足を運んでみたくなった。

 ただ、2013年以降は海外への大学進学も決まっており、遠方である九州、北海道への遠征は難しくできなかった。しかし今年の夏、CATSがついに帰ってきたのだ。ジャニーズWESTのおかげで遠征の定番の地、ほとんどホームと化した大阪に。

  見に行ったらどうなるだろう。数々の現場を共にした双眼鏡を握り締め、きっとメモリーで涙してしまうに違いない。なんてったって今はアイドルが「明日のことなんて忘れちゃえよ!」というだけで泣いてしまうのだ。死とか生とか難しいことを考えることも多くなったなか、そんな概念にあまりにもまっすぐにぶつかるグリザベラを見たらきっと泣く。

 今じゃ私は20代の素敵なお姉さん、10代の小娘じゃない。ラム・タム・タガーに見初めてもらえるかもしれない、バストファージョーンズのバラも、キャッチできるかもしれない。

 さあ、今年の夏は何回彼らと踊り跳ねようか。 

 

 CATS大阪、7月開幕です。舞台好きなジャニオタさんとかは、もしよかったら是非。

『キャッツ』、大阪へ!|劇団四季

 

ジャニオタ×物理遅れてますごめんなさい!

*1:これらの部分が現在どうなっているか、知る由もない

*2:ちなみに彼女は現在ドイツの舞台芸術大学で、ダンスとバレエを習っている。あの日の夢を彼女はまだ追いかけているわけだ。