いたれりつくせり。

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滝沢歌舞伎ZEROの最前に入った

※まず初めに、私が「最前で鑑賞した話」を書くことはせっかくの思い出を残しておきたいというエゴである。じゃあなんで「15列目で鑑賞した話」じゃなくて「最前」なのかと問われると、最前に入れること自体が少なく、希少価値があると私が認識していることにほかならない。ほかならないのだけれど、他の席がだめだとかこの公演が最高だったとかそういうことが言いたいわけではない、ということを、本当に念頭に置いて読んでいただきたい。

 

 

滝沢歌舞伎というコンテンツに自担がついに出演する。滝沢歌舞伎×京都×自担、という、そもそも好きなものを全て押し込んだ空間に入れるだけで、私のエゴとかエモが爆発してしまいそうに嬉しかったのだけど*1 、観劇予定の座席が「1階1列」と見たときは困惑で3度見した。I列とかないよね?数字列の前にアルファベット列とかないよね?えっ、マジで?

 

というわけで、やってまいりました京都・南座。友人とロビーでファンレター片手に話して、ファンレターをBOXにえい、と突っ込み、会場に入る。

私の中で「最前の女」って、綺麗で、強くて、いい匂いがするイメージ。むしろ、そういう女しか入れないのだと思っていた。

一応しずしずと前方列に進みながらも、自分がその場所に似合わなさ過ぎてドキドキする。いやいや、大丈夫。私のことはどうでもいいのだ。本当にこれはマジで、みんな自分のことに精一杯だから、他のオタクにかまけてる暇なぞないから。それより目の前のステージだよ。

開演8分ぐらい前に着席した。落ち着かず、携帯をいじる。5分前になれば電波も切られるので、ただただ開演を待つしかない。お隣の方の会話が、聞くとはなしに耳に入る。二人連れで、「たまにはこういう席もあたるんだね」みたいなお話をされていた。会話の内容的にも、その座席を「買った」方ではないみたいで、ほっとする。(最前のことを札束が飛び交う戦場か何かと勘違いしている女)

その方々がハンカチを膝に置いているのを見て、なんと優雅なことかと思う。と同時に、いやいや私もこの距離で担当を見たら泣いたりしちゃうかも、と慌ててハンカチをカバンから出して、膝に置いた。

徐々に会場の照明が落ち、BGMが流れ始めるあの瞬間が好きだ。ジェットコースターの一番上で、一瞬止まるのにも似た緊張感と、今から舞台の世界に飛び込むんだぞという期待とワクワク。目をつむって、軽く呼吸を整えて、目を開く。

 

はじめに、女性演者の桜の妖精さんが出てくる。華麗にステップを踏んで、静かに側転をして、桜の花びらのようになった手から、息をふう、と吹きかける。

この冒頭30秒で死期を察した。まず、演者さんの側転の静かさに驚愕。近くでみる、体や表情の動かし方一つ一つに感動。それよりなにより、え、だって、今この後この距離で自担でてくるんだよね?大丈夫?大丈夫か私?

幕が上がる。耳なじみの良い、滝沢歌舞伎のメロディ。舞台奥、舞台装置のうえで静止する自担を双眼鏡で覗き込んだが、手振れがひどすぎて秒速であきらめた。

綺麗だ。

なんて綺麗なんだろう。「綺麗」という言葉でしか表せない。ぐっと奥まで広がった舞台が見えて、静止するSnowManがいて、担当がゆっくりと回っている。綺麗だ。
自担が舞台装置を降りて、しずしずと立ち位置に向かう。

 

さっきまで落ち着いたふりをしていた心臓がまた早鐘を打ち出す。「誰も目の前にいない0ずれ」の威力をこの瞬間に死ぬほど思い知った。ひりひりするような感情が押し寄せてくる。「生」だ。「生」を見ているのだ。今、彼らの人生の大事な一舞台に、また立ち会っているんだろう。いや、対峙している、のほうが近いのかもしれない。私の担当、なんて強いんだろう。

 

「春の踊りは、よぉ~いや、」

「さっ!」 

 

地声が聞こえる。眉毛をこれでもかというぐらいしかめて、じろりと上を見上げて、髪の毛がわっと逆立つかのように叫ぶさま。いつもジブリみたいだなあと思いながら眺めているんだけど、その日はより一層、迫力がすごかった。

ぶわっと鳥肌が立つと同時に、想像以上の風圧と、桜吹雪。
着てきた緑のスカートが、ピンクの桜吹雪で埋め尽くされた。

 

桜吹雪が舞う「ひらりと桜」。一面ピンク色に染まったその空間がとても綺麗で、まためちゃくちゃに引き込まれてしまった。舞い踊るSnowManたちの足元を見て、想像以上の桜の絨毯の量にぎょっとする。何気ないみたいに踊っているけど、こんななかで踊っていたのか。そんな状況で、それを感じさせないように可憐に舞うSnowManの皆が美しすぎて、康二君が愛しくて、もうこの時点で少し泣いた。足を動かせば、花びらがふわりと浮き上がる。きっとタッキーはこれが見たくて、桜をあれだけ降らせたのかな、とか思ったりする。

 

とにかく全編とおして、席の近さに都度驚愕する。飛んだり着地したときの動きが伝わり、スピーカーの重低音が響き渡り、汗が見えて、地声が聞こえる。CATSをS回転席で初めて鑑賞したときに似た衝撃。ダイナミックな音楽、ダイナミックな桜、ダイナミックな滝沢歌舞伎。これはもう4DXアトラクション。

 

迫力の腹筋太鼓が終了。目でずっと追っていた自担、どうにもはけるのが早いな、と思ったら、黒シャツを羽織って小走りで立ち位置についた。ああ、そうだ。このあと関ジュダンスか。目の前で次々展開されるエンターテイメントについていくのが精いっぱいで、完全に頭から抜け落ちていた。と同時に、このあと来るであろう衝撃にかまえるため、刮目する。

関ジュちゃんのダンスコーナーはつなぎの役目を兼ねるため、セット転換中に幕の前で踊る。そもそも、「近すぎて死ぬんじゃないだろうか」で最も懸念してい(て、楽しみにしてい)たのがここだった。

ガシガシ踊りながら、各自アピールダンスを加える。彼らが動くたびに、連動して幕に色とりどりの花が咲く。担当が、目の前をアクロバットで通り過ぎ、真上でぐっ、と手を伸ばす。腕の筋、羽織っただけの黒シャツから容赦なく見える腹筋、長めの黒髪、そして何より、そこから覗く、意思の強い、ギラギラした目。

心を奪われた。人って本当にかっこいいものを見たとき、息をするのを忘れるのだ。呼吸をするのも惜しい、息を止めていれば、この空間が永遠に続くのでは、という非論理的な錯覚。自担無敵モード。本当によくわからないんだけど、ファンサをもらったわけでもないのに、その目に射抜かれて手がずっと震えてた。

   

松屋後、口上トップ。

一言目を発した瞬間、想像以上の声の大きさに驚いてびくっとした。あの口上、5人で合計2分弱だろうか。担当の口上が終わっても、彼から目を離すことができなかった。名乗ったあとに、堂々と立つ自担をただただ見つめるの、めちゃくちゃ楽しい。 片方の手をしっかり握りこぶしにして腰の横に沿え、もう片方の肩をしっかりとあげ、和傘を抱える。これでもか、といわんばかりに眉を顰め、大きな目を見開いて、客席を見据える担当。私の脳内美術館に展示したい。ずっと、じっと、本当に穴があくんじゃないかというぐらい見ていた。楽しい。

 

二幕、大捕物。見得、見得、見得のオンパレード、歌舞伎のクライマックスでもある、最高に好きなシーン。雪の中、大きなはしごの前で、最前0番で見得をする自担。震えるほどかっこいい。最高にイケてる瞬間、本当に宇宙イチ男前。

最後、スタンディングオベーション。前の人が立ったら立つ、ということができない、そんな当たり前のことにまだソワソワしている自分がなんだかおかしい。

立ち上がれば彼との距離はまた、少し縮む。自担と自分の間に何もない。今日見せてもらった、驚き、感謝、楽しさを全部伝えるつもりで、手を正面に伸ばして、大きく手をたたいた。拍手の音、もう、直接響かせてやろうぐらいの気持ち。嬉しそうに客席を見て、いつもどおり「ありがとう」と口パクをしてから、しっかりとお辞儀をする担当に、惜しみない拍手を送った。

 

終演。まさに夢の舞台。この舞台に担当が出てくれたこと、そしてそれを素敵な座席で観劇できたこと。ガチでもう一生忘れないと思う…。 

舞台の幕間と、終演後、全く別の人に、「体に花びらがついていますよ」と言われた。ひらひらと舞っていた桜の花びらは、気がつけば背中や、スカートにそっとくっついていた。「花びらがついていますよ」、なんとも優雅で笑ってしまう。

桜は散るのではなく、舞う。

大好きな大好きな滝沢歌舞伎、本当にありがとうございました!

 



*2

*1: 

 

niseri1012.hatenablog.com

 

*2:※この記事、下書きが6000文字超あったんだけど、できる限り無駄なところを削ぎ落とし、「最前で見た景色と迫力」を切り取ることに注力した。結果、メロリシャスで担当の話しかない記事になり、すのさんの感想とかにまで手が回らなかったので、もっと広い視野で、滝沢歌舞伎自体に焦点をあてた感想文を書きます。必ず。